日本仏教とインドの原始仏教は違うもの

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中国で儒教の影響を受けたものが日本へ伝来

仏教は紀元前450年頃インドで誕生しましたが、日本の仏教は、インドから北方ルートで東へ広まった大乗仏教(北方仏教)が中国経由で持ち込まれたもので、中国では儒教(孔子を始祖とする思考・信仰の体系)や道教の影響を大きく受けました。とりわけ、ご先祖様を大事に祀る習慣は、儒教の祖先祭祀に由来したもので、それが道教の不老長生や現世利益と結びついて、日本仏教の大きな柱となりました。孔子の編纂とされる中国最古の詩篇『詩経』に、祖先祭祀・崇拝することで子孫に「福禄寿」(子宝・裕福・長寿)がもたらされるとの一文があることは、昨年6月23日付けの本コラムでも紹介したとおりです。

人間を精神と肉体に分けて考えた儒教の世界観

シャーマニズム(祈祷師を中心とする宗教)を起源とする儒教では、人間という個体を精神(魂(こん))と肉体(魄(はく))に分けて、その2つが合わさった時が生きている状態、分離した時が死の状態と考えました。死後の魂は天上に昇り、魄は地下に行きますが、その魂魄を儀礼によって呼び戻し、一致させることで現世に帰ってくると考えたのです(=招魂再生)。その儀礼では、当初は風葬で白骨化した頭骸骨を使用していたのですが、それが後に木の板に代わり、そこに死者の姓名などを書くようになります。この木の板を神(しん)主(しゅ)(または木(ぼく)主(しゅ))といい、これを宗廟(祀堂)や祀壇に安置して祀りました。仏教の位牌や仏壇は、この神主や祀壇を採り入れたものだったのです。

お墓は「自分だけのものではない」生命の連続性を自覚する場

儒教の重要文献の一つ『礼(らい)記(き)』には、「身は父母の遺体なり」と書かれています。ここで言う遺体は「父母が遺(のこ)してくれた身体」という意味で、それは必然的に祖父母、曽祖父母、高祖父母から代々受け継がれたものとも解釈できます。大阪大学名誉教授(中国哲学史)の加地伸行氏は「個体はいつか必ず消滅するが、遺伝子や細胞レベルでは子孫が続く限り、自分の分身が行き続けることになり、死は存在しないことになる。その生命の連続性を自覚することが儒教では一番大事なことなのです」と説明しています。つまりお墓は、ご遺骨の有無に関わらず、いま生きていることへの感謝と、その大事な命を次の世代に引き継ぐ責任感を自覚する場でもあるのです。

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