歴史に翻弄されたお城はいま人気の観光スポットに

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築城の最盛期から縮小、廃城を経て、5つが国宝に

日本の代表的な石造建築物といえば、その筆頭に挙げられるのがお城です。戦国末~江戸初期までの築城最盛期で大小合わせて3000ほどあったとされますが、江戸初期の一国一城令(1615)で170城まで整理されます。その後、明治維新で公共の所有物となり、さらに明治初期の廃城令(1873)で、その3分の2が廃城となりました。残された城郭も戦時中は軍事施設として使用するために解体されたり、第二次世界大戦では爆撃の目標にもなり、名古屋城などが大きな被害を受けました。そのため、江戸期またはそれ以前に建設された天守の現存する城は、国宝に指定されている姫路城(兵庫)と松本城(長野)、犬山城(愛知)、彦根城(滋賀)、松江城(島根)を含め全国に12しかありません(復元・復興・模擬天守を除く)。

現存12天守のなかで唯一、姫路城の天守にあるものは...

この現存12天守のうち、世界遺産に指定されている姫路城(室町前期・1346年築城)は、国内最大の現存天守であり、その中には12天守で唯一、神社(長(おさ)壁(かべ)神社)と厠(かわや)が設けられています。また桃山後期~江戸初期当時の作事(建築)の技を現代に伝える代表的な城郭とも言われています。ちなみに松本城の天守は1872年に競売にかけられ、一時は解体される危機もありましたが、地元の有力者によって買い戻され、難を逃れることができました。

『日本書紀』にも記された「朝鮮式山城」

日本において年代的に最も古い城は、飛鳥~奈良時代に西日本各地に築造された「古(こ)代(だい)山(さん)城(じょう)」ですが、その中で「朝鮮式山(やま)城(じろ)」と呼ばれるものは、朝鮮半島の白(はく)村(そん)江(こう)の戦い(663年)で大敗した大和朝廷が、倭(日本)の防衛に築いた施設で、『日本書紀』にもそのことが記されています(合計11ヵ所の名称が記載されているが、5ヵ所の所在地は不明)。国産銘石の最高級ブランドとして知られる香川県高松市産「庵治石」を採掘する石山の対岸には、源平合戦の舞台・屋島の戦いの古戦場がありますが、その屋島の山上に築かれた屋(や)嶋(しま)城(のき)もその一つです。城門や石塁、土塁、水門跡、貯水池などの遺構があり、中世や近世の城郭とはひと味違った趣きが漂っています。庵治産地を訪ねる機会があれば、ぜひお立ち寄りください。

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